「ロザリー」
かっちゅう あるじ
扉がごごご、と開いて現れたのは黒い 甲冑 に黒い長髪をなびかせたこの塔の主、ピサロだった。
「ピサロ様・・・」
「あっ、ピサロ様だ!わーい、お帰りなさーい、ピサロ様!」
スライムのスラリンが嬉しそうにぴょこぴょこピサロの周りを跳ね回る。
スラリンをよしよしと撫でると、ピサロはロザリーの方に近づいてきた。
「どうだい、ロザリー。私が留守の間、いい子にしていたかい?」
普段、この塔の外では絶対に見せない優しい顔をしてロザリーを見つめるピサロ。
ロザリーのいるこの部屋だけが、ピサロにとって唯一の安らぎの空間だった。
「・・・はい」
ロザリーは困ったように微笑み、うつむきかげんに応えた。
その様子に一抹の不安を覚えたピサロは、ロザリーを引き寄せ、抱しめた。
「どうした・・・?なにかあったのか?」
------と、机の上に置いてある見慣れない手のひらサイズのガラス細工の置物に目がいった。
「これは・・・なんだ?」
ピサロはロザリーを離し、机に近づいた。
ちゅうちょ
ロザリーは躊躇した後、静かに口を開いた。
「『信じる心』・・・です」
そして『信じる心』をゆっくりと持ち上げると、赤子を抱くようにそうっと抱しめた。
ピサロはその様子にさっと顔色を変えて言った。
「なぜそんなものがここに!?」
その問いに、ロザリーは予想していた通りといわんばかりに落ち着き払って答えた。
「先日、旅の方がこの部屋を訪れました。------」
「人間か!?」
ロザリーが続けようとしたところを、ピサロはさえぎって問いただした。
「・・・はい」
「大丈夫か!? なにもされなかっただろうな?」
ロザリーの肩を強く握り締めるピサロ。
「大丈夫です。なにもされてませんから落ち着いて、私の話を聞いてください」
ロザリーのその言葉に、渋々という感じではあったがピサロは手を離し、イスに腰掛けた。
ピサロが落ち着いたところを見計らって、ロザリーは話を続けた。
「その旅人さんたちは、ここから海を隔てた西北の小さな山間の村・イムルと言う村で私の想いを受け取って下さったそうです」
ロザリーが毎晩夜空に向かって、ピサロのことを想っているらしきことはスラリンから聞いていたので別段、言うことはなかった。
「その、イムルの村では、宿屋に泊まると、決まって私の夢を見るようなのです。
おかげで家計は火の車。宿屋の方には申し訳ないことをしてしまいました・・・」
「それで?」
そんなことはどうでもいいと、イライラしながらピサロは話を促した。
「・・・はい、それで、その旅の方------エアーさんとおっしゃるのですが、エアーさんたちが不思議に思って、
はるばるこのロザリーヒルまで尋ねてくださって、私の話を親身になって聞いてくれました」
まさ
ピサロにとっては、正に寝耳に水だった。
人間などという下等な生き物は、エルフ族を狩って、ルビーの涙を手に入れることしか頭にない、生きる価値のないものだと思っていたからだ。
その人間が、ロザリーの話に耳を貸した・・・?
のち
「エアーさんたちは、私の話を熱心に聞いた後、お仲間で話し合って、持ち物の中からこの『信じる心』を私にくださったのです」
赤子をいとおしむような優しげな表情で、ロザリーは『信じる心』を眺めた。
「本当は、むかし、一緒に旅をしておられたお方がに人間不信に陥ってしまったときに、あの------」
窓辺に立って西の海をこ越えた先を指す。
「あの山脈の向こうにある洞窟から取ってこられたそうです」
ムスっとしているピサロの手を取って、ロザリーは『信じる心』に触れさせた。すると、今まで不機嫌そうにしていたピサロの表情が徐々に和らいでいったではないか。
びしょう
この、突如として感じた得体の知れない安心感に戸惑いながらも、身をゆだねるピサロに対して、ロザリーは「ふふ」と微笑して言った。
「ね、とても温かいでしょう。これが人を、エルフを、ホビットを、そして魔族を、全ての者を信じる、温かい心なのです」
心穏かに説くロザリーに、ふ、と考え込んだピサロはロザリーがこれをどうしたいのか、わかっていながら尋ねた。
「で、これを私に見せて、いったいどうしようというのだ?」
手のひらで『信じる心』を弄びながら、ロザリーに問い掛けた。
「ピサロ様に持っていていただきたいのです!・・・ほら、こうして」
かわひも
ガラス細工の取っ手に皮紐をくくり付けて、ピサロの首に回した。
ピサロは首から下がった『信じる心』を手にとりながら、「みなの前では見せられんな」と一人ごちて、上からコートを羽織った。
「ロザリー、おいで」
ロザリーを手招きすると、軽く抱きしめた。
触れ合うお互いの心の音が、『信じる心』を通して大きく聞こえた気がした。
「人間を完全に信用するわけではないが、・・・人間の中にも信じられる者がいるということだけ覚えておこう」
それだけ言うと、さっと踵を返し、扉に向かった。
「ピサロ様!」
ロザリーが嬉しそうに駆け寄ると、
「いい子にしているんだぞ」
と、ロザリーの長い髪にいとおしげに口付け、扉の向こうに消えていった。
その数日後だった。
ピサロの持つ、『信じる心』が地面に叩きつけられ、木っ端微塵に砕け散ったのは。
ロザリーの訃報を聞きつけた、直後のことだった。
「ロザリー!!!」
ピサロがすぐさまロザリーの元に降り立ったときには、ロザリーはすでに虫の息だった。
そんな中でも、息も絶え絶えにピサロに向かって懇願する。
「お願い・・・で、す・・・ピサロ様・・・。・・・どうか・・・人間を、世界を滅ぼすなん、て、ことは・・・おやめ・・・くださ、い・・・」
微笑むような、儚げな表情を必死で作って、ロザリーは段々と焦点の合わなくなる目をピサロに向けて、懇願した。
「ピ、サ、ロ、サ、マ・・・、おねが・・・い・・・」
ロザリーはそこまでしか言うことができなかった。
からだ
ぷつっっと糸の切れた人形のように、事切れた身体。
ピサロの信じていた、唯一のものが壊れた瞬間だった。
「ロザ、リー・・・」
うぉぉぉぉぉ、と森中に響き渡るような悲痛な叫びを上げて、ピサロは泣いた。
そして、誓ったのだ。
みずから
最愛の者を奪っていったこの世界を、ロザリーをこんな目にあわせた人間どもを、自身の手によって破壊尽くすことを。
怒りと、悲しみを糧に。
かいぶつ
ピサロは今、真の魔王となってしまったのだった。
おしまい
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