「今日みんなに集まってもらったのは重要な話があるからなの」

穏やかな昼下がり。
喫茶翠屋のテーブル席を占拠してこの会の主催である忍が突然言った。
なお、この会の出席者は、

「あのー、うちお洗濯途中なんですけど」
「俺、サッカーの助っ人頼まれてるんですが」
「わたしもこのあとお祓いの約束があるんで……」
「早く戻らないと主任に怒られちゃうんですが」

順にレン、晶、那美、フィリス。それに

((はむはむ、はむはむ……))

一心不乱に翠屋特製シューを食べる久遠(人型)。

「久遠様、頬にクリームが」

クリームをナプキンで拭いつつ世話をするノエル。

「いいのかなぁ、とっておきの情報なのに」

一人優雅にコーヒーを楽しむリスティ。以上である。
だが、半数が乗り気でないことにイライラを募らせているのが約1名。
そしてとうとう限界を突破したのか大きな叫び声をあげた。

「あー、もう! 恭也が知らない娘とデートしてたって言うのに!」
「「「「えーーーーーーっ!!!!????」」」」

 

 

 

  その娘は誰?
   〜それは秘密♪ 秘密、秘密、秘密の(以下略)〜

 

 

 

「で、みんなどうするんだい? 聞く? 聞かない?」

銀髪の小悪魔リスティがそれはもう楽しそうに意地の悪い笑みを浮かべつつ反応を待つ。

「ま、まあ天気ええし多少洗濯遅くなっても平気かなぁ、と」
「やっぱり今日の相手くらいなら俺がいなくても大丈夫だろうし、行かなくてもいいかなぁ……」

視線を泳がせながら言う者が2人。

「あの神咲ですが。……はい、そのことなんですが、よく調べたら日が悪いことが判明しまして。
 ですので……はい、後日改めて行うということで……」
「ねぇ、那美の相手、お祓いするって言ってった人かな」
「状況からしてそうではないでしょうか」
「那美の意外な黒さを見ちゃったわね……」

「……そう、回診を代わって欲しいの。
 ……ふぅん、そんなこと言うんだ。
 なら、義父さんの書斎、右手の本棚の上から3段目の奥に隠してある物、義母さんに言ってもいいのかなぁ……」
「……脅迫してるよ。我が妹ながらなんて悪魔っぷりだ」
「? 久遠、リスティが耕介に同じこと言ってるの聞いた」
「……いい子だから他の誰にも言っちゃダメだぞ」

即座に携帯を取り出し、それぞれに連絡を取ったのが2人である。
とりあえず席を離れるものはいないらしい。

「そう言えば美由希ちゃんは?」

この場にいない一人の少女の姿を探す。
が、どうやら翠屋へ来ている様子はない。

「今朝、なのちゃんと一緒に出かけて行ったままでまだ帰ってきてません」
「お嬢様、先ほど念のために携帯電話に連絡しましたが繋がりませんでした」
「そう、仕方ないわね。
 ……そうだ、フィアッセさんは?」

この場にいないもう一人の名前を挙げる。 が。

「世界ツアーの真っ最中ですから無理でしょう」
「うちは案外連絡したら飛んで帰ってくるんちゃうかな〜と思います」
「俺もです」

どうやら連絡は取っていないらしい。
しかし、レンの言うように連絡すれば文字通り飛んで帰ってきそうな予感はあるが。

 

「さて、そろそろ本題に入っていいわね」

さっきまでとは一転、忍を中心としたテーブル席を緊張した空気が包む。

「あの……恭也さんがデートをされてた、と言ってましたよね?」

小さく挙手して発言する那美。
それに同調するかのように忍に視線が集まる。
少しでも早く話を聞きたいと焦る面々を軽く手で制しながらゆっくりと口を開く。

「ええ、詳しい説明をするわ。
 まず目撃者であるリスティさんからの情報だけど」
「……リスティの情報なんですか?」

リスティの名前が出た瞬間、怪訝な表情を浮かべるフィリス

「フィリス、何が言いたい?」
「まあ、まあ……。
 順に話すけど情報元ソースは複数あるから信憑性はかなり高いわよ。
 じゃあ、リスティさんお願いします」

疑うようなフィリスはひとまずそのままに忍が話を促す。

「ん。数時間前のことなんだが、愛と隣町で買い物をしてたんだ。
 で、何ヶ所かまわって店を出たら道の向こうを恭也が歩いていてね。
 距離があったから向こうは気付かなかったみたいなんだが、驚いたことに女の子を連れててさ。
 これがえらく可愛い娘でね。親しそうに手まで繋いでたんだ」
「「「「えーーーーーーっ!!!!????」」」」
「どう? あの恭也がよ? 信じられる?
 それじゃ他の証言も聞いてもらおうかな。ノエル」
「はい」

そう答えたノエルが取り出したのはICレコーダー。
それをテーブルへと置き、スイッチに指をかける。

「それでは再生いたします」

-----------------------------------------------------
『それじゃ愛さん、お願いします』
『はい、リスティと買い物してたときの話ですよね。
 もうすぐ耕介さんの誕生日なんでプレゼントを何にしようかとお店を回ってたんです。
 いくつか良さそうなのはあったんですけど、リスティが
 『これは派手すぎる』、『これはイマイチだ』って』
『あの、恭也を見かけたときの話をお願いしたいんですけど……』
『あらあら、すいません。
 確か4件目のお店を出たときだったと思います。
 向かいの通りを女の子と一緒に歩いてました』
『恭也に間違いありませんか?』
『はい。何度かお会いしてますから』
『それで、その女の子の特徴は?』
『えっとですね、背中にかかるくらいのストレートで茶色っぽい髪でしたね。
 あと、笑顔がとても印象的な可愛い娘です。
 でも、あの娘は……』

『愛〜、お前んとこの病院から電話〜。
 急患らしいぞ〜』

『あら大変! ごめんなさい急いでいかないと』
『あ、はい』
-----------------------------------------------------

録音されたのはここまでなのか一旦スイッチに触れてなんらかの操作をする。

「今のがさざなみ寮の愛さんの証言ね。
 じゃあノエル、次をお願い」
「はい」

-----------------------------------------------------
『……それではお願いします』
『はい。
 昔からの友達と一緒に遊びに行くのに海鳴駅のホームで電車を待ってたの。
 で、電車が来たから乗ったのね。
 そしたらちょうどホームをレンちゃんのお師匠さんが女の子と一緒に歩いてて』
『恭也様に間違いありませんでしたか?』
『独特の雰囲気持ってる子だからね、間違えようがないよ。
 ただ、いつもより優しそうな雰囲気だったかな』
『では、女の子の特徴をお願いします』
『横顔をちらっとしか見てないんだけど感じのいい可愛い子。
 服装はね、上品な感じの白のワンピースだったよ』
『そうですか』
『あ。あとね……』
『はい?』
『小鳥っぽい印象だったな」
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「小鳥?」

晶が頭の上に『?』を浮かべながら首を傾げる。

「ああ、そっか。
 鷹城先生の幼馴染。小柄な人なの。
 あと……良く言えば若い感じ、あえて言うと幼女趣味ロリコン好み?」
「お嬢様、その言い方には些か問題があるかと」

小鳥と直接面識のあるリスティが密かに声を殺して笑い続ける。
確かに概ね事実ではあるものの、いささか酷い反応ではある。

「……って待ってください!
 恭也さんと一緒にいた女の子もそういう風ってことですか!?」
「ということは、ひょっとして恭也くんって」
「その手の趣味があるという可能性も……」

この忍の一言に密かにガッツポーズを決めた人間が数人。
それが誰かは本人たちの名誉のためにあえて言うまい。
まあ、言わなくてもわかってしまいそうだが。(笑)

「それはともかくとして。
 これまでの証言をまとめると、

 ・恭也と手を繋ぐほど親しい
 ・茶色っぽい髪で背中にかかるくらいのストレート
 ・服装は上品な感じの白のワンピース
 ・小柄な印象

 そして何より全員の一致した印象として

 ・相当可愛い文句なしの美少女

 ってところかしら」

ここまで集まった情報をゆっくりと反芻し、ようやく感想を述べる。

「なんちゅうか、信じられんいうのが正直なとこです」

この一言に全員が同調したかのように首を縦に振る。

「けど、これだけ目撃されてるんだから間違いなさそうだし」
「それにしても恭也くん、いつの間にそんな娘と仲良くなったのかしら?」

ポツリと漏らしたフィリスの何気ない発言にリスティが意地の悪い笑みを浮かべる。

「今の発言はそれに見合う程度には恭也の行動を熟知してるってことか?
 ストーキングでもしてるのか?」
「してません!
 そうじゃなくて、ここにいるみんなが知らなかったんでしょ?
 一人一人はともかく誰にも知られていないというのは不自然かなぁって」

確かに普段同じ生活時間を過ごしているレンと晶を始めとして、
各々が恭也と一緒にいる時間の合計はわりと多い。
そんな状態にありながら誰も全く知らない恭也の交友関係があるというのは考えにくい。
仮にあったとしても、それなりの気配というようなものがあるはずである。
まして彼女と呼べる存在が実在するとなれば、それすらもないというのは確かに異常と言える。

「あっ」
「どうかした、那美?」
「美由希さんは何か知らないかなぁと思ったので。
 恐らく一番恭也さんと一緒にいることが多いのって美由希さんですよね?」

恭也の義妹にして愛弟子。
確かに恭也のこれまでの人生で最も一緒の時間を過ごしてきた人物であることは間違いない。 しかし忍はじっくりと時間をかけて考えたあと、

「ん〜、どうだろう。御神流を皆伝してからは手が掛からなくなったって前に恭也が言ってたし」

と、やや否定的な答えを出した。

「けれど一理あると思います。連絡がつかないのが残念ですね」

晶のこの一言を最後に完全に手詰まりに陥ってしまった。
どうしたらいいのかと各々が悩み続けること数分。
とうとう忍が痺れを切らして席から立ち上がった。

「ああっ、もう! いったいその女の子ってどこの誰なのよ!」
「みんなしてどうしたの?」

面々が集まっていることを聞いたのか、厨房を出て紅茶の入ったポットを片手に桃子が様子を見に来たらしい。
うんうん唸っている面々を不思議がりつつ空いたカップに紅茶を注いでまわる。

「あのですね、恭也が女の子を連れて隣町を歩いていたっていう目撃情報があるんです。
 それももの凄い可愛い娘らしいんですよ。
 それでいったいどこの誰なのかが気になって、気になって……」

代表して説明する忍の話を特に気にするでもなく平然としたままの桃子。
この手の話に乗ってこないというのは正直意外である。

「なるほどね。じゃあ本人に聞いてみたら?」
「「「「「はぁ?」」」」」
「恭也ならそっちの席でお茶してるわよ」

そう言って背後のテーブル席を指差す。それにつられてそこへと目をやる面々。
そこには話題の中心人物きょうやと……

「「「「「ああっ!!!!!!!!!!」」」」」

問題の少女とが楽しそうに話をしている姿があった。
それを見た瞬間、反射的に席を立ち恭也へと詰め寄る面々。
その勢いは『壮絶』の一語に尽きる。

「恭也! わたしという内縁の妻がありながら浮気なんて酷いっ!」
「……いや、『内縁』なんだったらギリギリセーフじゃないのか?」
「リスティ、そういう問題じゃないでしょ!」
「それはそうと、そちらはどちらさんなんでしょう?」
「あの、やっぱり師匠の……」
「彼女さんだったりするんでしょうか……?」
「恭也様、正直にお答えいただけますか?」

突然詰め寄られた勢いに押されたのかしばし呆然としていた恭也。
ようやく口を出たのは

「…………いったいみんなして何の話だ?」

という一言だった。

「この期におよんでしらを切ろうって言うの!?」

激昂して語気が強くなっている忍。
よく見れば微かに瞳の色が赤く輝いているようにも見える。
と。

((トコトコトコトコ……))

爆発寸前の忍の横を久遠が走り抜けて恭也の目の前の少女に

「な〜のは♪」

飛びついた。

「くーちゃんもおやつだったの?
 あっ、一緒にジュース飲む?」
「飲む♪」
「「「「「…………ええぇっ!? まさか、なの(は)ちゃん!!!!!?????」」」」」
「……ひょっとして気付いてなかったのか?」

………………………………………………………………………………

とりあえず席を他の客の迷惑にならないように(※はしゃぎ過ぎて桃子に怒られた)端のほうへと移動した一行。
改めてなのはの姿をまじまじと観察する。
これまで見たことのない上品かつ落ち着いた感じの白いワンピース。
髪はいつもの結わえたものではなく、普段見ることのない下ろした状態。
各自の知るなのはからは幾段大人びた印象を受ける。
久遠と楽しそうにしている姿がなければ、なのはだとは思わなかっただろう。

「恭也、事情を説明してくれるわよね」
「……事情も何もなんでみんなで集まってるんだ?」
「それは……」

不審そうな恭也の視線から各自目線をそらす。
そんな中、恭也は一人に目標を定める。

「説明していただけますか、リスティさん」
「なんでボクに聞くんだよ」
「十中八九、黒幕はリスティさんですよね?」
「そこまできっぱりと言われるとちょっと悲しいんだけど」

とは言いつつも、事のあらましを正直に説明した。

「……というわけで、なのはの名前は出さずにみんなに教えただけだよ」
「……って リスティ! あなたなのはちゃんだって知ったの!?
 やっぱり嘘ついてたわね!」
「失礼な。ボクは一言も嘘なんか言ってないぞ、全部事実だ。
 ただ、ちょこっと真実をぼかしただけだ」
「充分問題あるわよ!」

激怒するフィリスと、さも心外と落ち着き払ったリスティの姉妹ゲンカが展開されているところに
紙袋を抱えた美由希がやってきた。

「みんな集まってどうしたの?」
「ちょっとな。それより欲しい物はあったのか?」
「えへへ。時間かかっちゃったけどね」

バイト店員に注文をし、美由希も席につく。

「そうだ。確か美由希ちゃんとなのちゃんが一緒に出かけた聞いたんだけど。
 それがなんで恭也も一緒なの?」
「あ。あと、なのちゃん出かけたときはいつもの格好してたよね?」
「えっとそれはね……」

言いつつ恭也に視線を向ける美由希。
それを認めるとコーヒー片手に視線をそらした。
これを無言の許可と判断したのか、やや言葉を選ぶような素振りで話し始める。

「ちょっとした事情があってね、恭ちゃんがなのはの言うことを聞くってことになったんだよ。
 それでなのはの新しい服一式を恭ちゃんのおごりでってことになって。
 今日はそのお買い物に行ってたの」
「それなら朝、一緒に出かけなかったのはなんでなん?」
「恭ちゃんが井関さんで木刀とか鍛錬用の刃落とし刀の注文をしておくって先に出ちゃったの。
 だから外で待ち合わせしたんだけど」
「じゃあ、合流してからは美由希ちゃんも一緒にお買い物?」
「うん。服の見立てとかはなのはと一緒にしてたよ。
 せっかくだからちょっと大人っぽい感じにまとめてみたんだけど。
 似合ってなかった?」
「そんなことないですよ、むしろバッチリだと思います」

那美の力強く断言するような言い方にホッとしたのか軽く微笑む。

「よかった〜。
 服装に合わせて髪もおろして整えて。
 で、そのあとどこ見てまわろうかってお店を出たらちょっと良さそうな本屋を見つけたんで
 わたしだけそっちへ」
「おそらく愛様とリスティ様が目撃されたのはその直後だと思われます」
「あ、リスティさんたちも買い物だったんですか?」
「まあね。そのとき恭也とおちびちゃんが仲良く手を繋いでいる光景に出くわしてね」
「あはは、なのはご機嫌だったんじゃないですか?」

その光景を想像したのか頬が緩む美由希。
いや、もしかすると服を買った直後に喜ぶなのはの姿を思い出していたのかもしれない。

「そんなわけでそのあと二人がどうしたかは知らないですけど」
「何軒か小物関係を置いている店を回って海鳴こっちに戻ってきた。
 美由希と連絡を取れなかったのは気掛かりだったが、もう子供じゃないしな」
「連絡が取れないって……美由希ちゃん、何かあったんですか?」

フィリスからの心配そうな視線に美由希は少し縮こまりつつ、

「その……うっかり着信音を消したままにしてて気付かなかったんです。
 そういえば忍さん何回かかけてくれてましたよね? どんな用件だったんですか?」
「あー、もう解決したから気にしないで」

忍はテーブルに脱力して突っ伏しながら気だるそうに言う。
散々テンションを上げていただけにその反動が大きいのだろう。

「そう……ですか?」
「とりあえず恭也が幼女趣味ロリコンでないということだけわかったからいいや」
「忍、俺に何か恨みでもあるのか?」

恭也は呆れ半分で失礼な発言をした忍を軽く睨む。 と。

「「「「まだ、はっきりそうだと決まったわけじゃありません!!!!」」」」

若干名が忍の発言を強く否定する。

「……事情はよく分からんが何故にそこまで言われなきゃならないんだ」
「あは…あははは……」

少し本気混じりで落ち込む恭也に、ただ苦笑いするしかない美由希。
まあ、本人にそう言われる理由が皆目見当がつかない以上困惑も当然であろうが。

「それにしても……」

ちらっと楽しそうにはしゃぐ少女を見る。

「なのは、これ美味しい」
「あっ、それ美味しいよね。
 この前新しくメニューになった新作なんだよ。
 わたしの最近のお気に入りなんだ」

一片の曇りもない輝くような笑顔に思わずため息が漏れる。

「家事はメキメキ上達してるし」
「頭脳も明晰」
「性格も良いですよね」
「容姿に関しては、あの桃子さんの娘だもん。問題無いわね」
「むしろ将来凄い美人さんになること確実です」
「あえて欠点を挙げれば運動が苦手なことでしょうが……」
「それはむしろ愛嬌だな。っていうか萌え?」

などと好き勝手な感想を述べる面々。 けれど少なからず恭也へ好意を持つ全員が思ったのは

「「「「「なの(は)ちゃんが恭也の妹で良かった」」」」」

という心の底からの本音だったらしい。

END