――はじめに――

この物語は、「とらいあんぐるハート2 さざなみ女子寮」のヒロイン、神咲薫のシナリオで生起するイベントを基に書かれています。

その為、イベントを見た上で、薫シナリオをクリアしてからお読み頂けると幸いです。

なお、今回はマーラー作曲の交響曲第2番「復活」という曲を、物語の中で取り上げております。

何故取り上げたのか、それは読み手それぞれで考えてみて下さい。

むしろ、曲をCDなりで実際に聴きながら読んで頂けると、一番ありがたいのですが……。

それがめんどくさい、考えるのも嫌だ、と思われる方は、いっそ読まずにお引取り頂いて結構です。

以上の条件を満たし、かつ読む気のある方だけ、つたない作品にしばし、お付き合い下さいませ。




















その日の事 〜前編〜
隣の席に、神咲薫が座っている。 普段、いつも動きやすい格好をしている薫を見慣れていた槙原耕介の目には、今日の薫の装いは本当に新鮮に見えた。 シックな感じのワンピース姿だが、それだけに薫の凛とした、しかしどこか柔らかさも覗かせる美しさが表に出ている、そんな気がする。 以前、福引きで当てたのと同じイベント。海鳴フィルハーモニー管弦楽団による、  『クラシックフェスタ』 その会場、風芽丘コンサートホールの大ホール。そこの観客席に、二人は腰を下ろしていた。 前の時は、薫の〔仕事〕が急に入った為、やむなくキャンセルせざるを得なくなってしまったのだが、 今回はいかなる風の吹き回しか、ここに至っても何も事が起きていない。喜ぶべき事だった。 「耕介さん」 「ん? どうした、薫?」 「いえ。うち、初めて生でクラシックの演奏を聴くので、実は楽しみにしちょっとです」 「うん、まぁ実は俺も初めてなんだよなぁ。居眠りしやしないかって、そっちの方が心配だったりするけど」 「ふふっ、そげん事言ったらむしろ、うちの方がよほど危なかですよ」 今回チケットを入手した経緯は、耕介の〔妹〕こと仁村知佳の親友、佐伯理恵が遊びに来た事がきっかけである。 彼女の父親の会社が協賛、後援するクラシックフェスタのチケットを二枚持ってきた理恵が、 「よろしければ、聴きに来られませんか?」 そう言って、チケットを差し出したのだった。 最初、耕介は住人の椎名ゆうひか、従姉で寮のオーナーの槙原愛にでも渡しておこうかと思っていたのだが、 二人ともその日の都合が悪いとの事で渡す事が出来ず、知佳の姉である仁村真雪には、 「めんどくさい」 このひと言で門前払いを喰らい(まぁ、当然と言えば当然かもしれない)、 他の住人――知佳や岡本みなみ、陣内美緒やリスティ・槙原などはそれぞれの予定を最優先する様子で、 結局、〔仕事〕を終えて帰って来た薫の、 「もし当日依頼が来たら、そっちば優先になりますけど、そいでも良ければ」 という言葉と、薫の霊剣のいわば〔魂〕でもある十六夜の、 「たまには、薫も耕介様と一緒にお出かけなさいな」 そんなひと言も追い風になって、今日この場にいるというわけだった。 (そう言えば……) 耕介が思い出した事がある。 一日、愛とゆうひ、それに知佳が、当日少しでもおめかしをさせようと、半ば強制的に薫をショッピングに連れ出した事があった。 その時に買った服を、今日の薫は着ている。 「あ、あの……耕介さん、うちの服、似合いますか?」 出かける前に、ちょっとどころではなくはにかみながら聞いてきた薫を見て、耕介は思わず抱きしめたい衝動に駆られ、危うく踏み止まったものだ。 隣でパンフレットに目を通している薫に倣って、耕介も渡されたパンフレットに目を通してみる事にする。 今回演奏されるのは、グスタフ・マーラーの作曲した交響曲第二番ハ短調。標題を「復活」という。 オーケストラの他にソプラノとアルトの二人の歌手、更に男女の合唱を伴う非常に大規模な曲だ。 今はまだ、歌手や合唱団の面々はステージに上がっておらず、オーケストラのメンバーが始まりを待っている。 それにしても、舞台の外にもホルンやらトランペットやらを持った団員がいるのを見つけると、 (一体、どういう曲なんだろうか?) 耕介としては、そんな思いが強くなってくる。 ともあれ、そろそろ開演の時間であり、曲の全容は聴けば分かるはずであった。 時間が来た。 指揮者が舞台の袖から姿を見せ、聴衆の拍手を受けながら中央に歩む。 コンサートマスター(ヴァイオリン首席奏者)と握手を交わすと、指揮台に上がり、一度聴衆に向いて会釈した。 指揮者――ヘルベルト・フォーゲルが、ゆったりとした動きで聴衆に背を向け、タクトをすいと掲げる。 タクトが振られたその直後、弦楽器が非常に緊迫した一音を奏で、直後に低弦が聴きようによっては不気味に聞こえる唸りを上げた。 「アレグロ・マエストーソ(速く、荘厳に)、あくまでも厳格に、荘厳な表情をもって」 このように記された、第一楽章の幕開けである。 弦楽器の異様な響きに管楽器が被さり、受け渡しを繰り返しながら、全ての楽器に渡ってテンションを上げていくが、 その進行は緊張感をはらみながらも、どちらかと言うと緩やかであった。 この序奏は形を変えて繰り返され、もう一度高揚した後少しずつテンションを下げて行き、木管を主体とした演奏に変わっていく。 序盤はまるで、葬送行進曲とでも言いたい形だが、すぐにこれは悠然とした演奏に取って代わる。 更に弦楽器やホルンも加わり、多重層的な演奏となって進行していく。 その後は悠然とした旋律と、緊迫感の強い旋律という、コントラストが非常にはっきりした演奏が、次々に奏でられるのだ。 作曲者たるマーラーは、第一楽章に以下のような説明を加えている。 「この楽章は、いわば交響曲第一番の主人公たる〔巨人〕の葬式である。  彼を墓に横たえ、その生涯を高められた位置から、鏡のように映すのである。  同時に、この楽章は問題提起でもある。  つまり、いかなる目的の為にお前は生きてきたのか? 生とは、死とは何か?  我々はもっと存在し続けられるのか? 全てが無駄な夢なのか? 我々の生は、死後に意味を持つか?  生き続けるなら、答えを出さねばならない。私はこの解答を最終楽章であたえる」 だからこそ、この楽章はずしりとした重みを持って耳に響いてくるのである。 それまで、クラシック音楽と言えば、耕介も薫も学校の授業でCDという媒体を通じて聴いたとか、 あるいはテレビのCMで何気なくBGMとして流れている、ほんの一部分を聴いたりといったような、 まったく限定された条件の中での経験しかない。 「す、凄い迫力だな……こりゃあ」 「そ……そうです、ね」 耕介は、最初から圧倒されて呆然としていたし、薫は薫で、わずかながら緊張を隠せないような表情を見せていた。 中間の部分でひとしきり高揚した後、序奏が回帰して、すぐに穏やかな表情を見せていくが、 最後に暗い葬送の響きが繰り返され、やがてコーダへと移行する。 しかし、このままでは終わらず、最後の最後に弦楽器が高音から低音へと一気に急降下し、 次いで指揮者のタクトが弦楽器の低音を二度鳴らして、静かに楽章の結尾を結んだ。 耕介も薫も、大規模なオーケストラの演奏に、後の言葉が出なかった。 しかし、これはいわば序の口。まだ始まったばかりなのである。 とにかく、次の楽章を始めるまでには五分ほどの休憩時間があった。 実はこの休憩時間、マーラーの指示としてあるらしい。 今では大抵二、三分くらい取るのが普通らしいが、それはそれとして。 耕介が一度ホールの外に出て小用を済ませ、再び席に戻ってみると、ステージ上には既に、ソロ歌手や合唱団の面々がずらりと姿を見せていた。 「あ、耕介さん。あれ……椎名さんじゃなかですか?」 薫が小さく指差したその先を見た耕介が、思わず声を上げた。 「あっ、本当だ。ゆうひだよ」 声を上げて初めて思い至った。歌を、音楽をこよなく愛するゆうひがチケットを受け取らなかった理由。 すなわち、こういう事だったのだ。道理で都合が悪いはずである。 耕介が席に腰を下ろしたと同時に、袖から指揮者が出てきて指揮台に上り、悠然とした動作でタクトをかざした。 ここから先の演奏は、ほとんど切れ間なしに続くのだ。 第二楽章。 「アンダンテ・モデラート(中くらいの、歩くような速さで)、ゆとりを持って、急がずに」 その始まりは、弦楽器を主体とした、穏やかな演奏であった。第1楽章とは全然表情が違う。 これに木管が加わって、多少物悲しげな旋律に変化していく。そして一旦速度を落とし、また弦楽中心の穏やかな表情を取り戻す。 マーラーの説明によると、 「この楽章は、巨人の過ぎ去った人生の幸福な瞬間、青春と喪われた純粋さへの悲しげな追憶」 なのだそうだ。 最後の「悲しげな追憶」という部分は、オーケストラ全体による、中間部分での演奏に現出されてくる。 ここでは少し荒々しげに、しかし微妙に暗さを帯びた音が奏でられるのだ。 これもまた、すぐに弦楽器の穏やかな演奏に取って代わる。 この演奏は優美さすら感じさせながら持続し、最後は消えるような弦のピチカートで締められた。 耕介は、正直なところ、 (この楽章も凄い音量なんだろうか) などと身構えるような気分もあったが、この楽章は聴いていて、それなりに落ち着いて聴けるような部分が多かった。 もっとも、強烈な音響が所々に潜んでいた為に、音楽に身を任せてくつろぐ、というわけにはいかなかったが。 かたや薫は少し様子が異なったみたいで、この楽章では目を閉じ、黙って耳を傾けていた。 第三楽章は、いきなり強烈なティンパニの一撃で始まる。 「穏やかに流れる動きで」 この楽章は、同じくマーラーの作曲した歌曲集〔子供の不思議な角笛〕の中のひとつ、 「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」 という曲の旋律を、ほとんどそのまま引用している。 引用された曲の内容は、教会に人がいなかった為、聖アントニウスは川面の魚に説教を始める。 魚が何匹も集まってきたが、説教が終わると途端に散らばってしまった、という昔話によるものだそうだが、 マーラーはこの楽章に対してこんな説明をしている。 「不信や否定が巨人をとりこにする。  騒然とした外界を見つめ、純粋な理解と共にただ愛のみが与える確固とした拠り所を失ってしまう。  巨人は絶望し、神を諦める。  世の中の全てが無秩序な化け物のように見え、あらゆる存在に対する嫌悪が巨人を捉え、絶望の叫びへと駆り立てる」 しかし演奏そのものは、この説明と何ら関わりないかのように、むしろ軽妙な雰囲気で奏でられていく。 弦楽器と木管の受け渡しの妙、と言うべきなのであろうか。 なめらかな旋律が、形を変えながら、強弱を変えながら繰り返されていく。 しかし、それだけでは終わらない。途中で金管パートが唸りを上げていく。 この唸りはひと通り序盤の旋律が回帰した後、後半にもう一度形を変えて繰り返され、 これが実は、マーラーの説明にある〔絶望の叫び〕を具現化するのだ。 金管と打楽器、更には弦楽器も覆い被さって、強烈な音響が聴覚を一時占領する。 (まるで津波だな) 耕介は、何となくそんな印象を抱いた。 入れ替わり立ち代わり、色々な音が目の前にどんどん押し寄せてくる。まるで津波のように。 その後、音は再び元の軽妙な旋律に戻り、少しずつ音程が低下して締められていった。 ここまで聴いていて、耕介はいささか疲労感に似たものを覚えていた。 いくつもの違う旋律が、入れ替わり立ち代り、ある時は繰り返され、ある時は覆い被さるような形で奏でられ、 ある時は激烈という言葉を形容したくなるほど凄まじい表情を見せ、ある時は奇妙に穏やかなマーラーの音楽。 聴いている自分を、全く落ち着いた気分にさせてくれない。 しかも、まだ続きがある。この曲は未だに、その全貌を現してはいないのだ。 ある意味とんでもない曲に思えてしかたがない。 (いやぁ、これは参ったな……クラシック音楽を、ちょっと甘く見てたような気がするぞ) 薫の横顔をちらりと見てみる。薫はこの曲を集中して聴いていた。 背筋をぴんと伸ばし、視線はステージ上を一心に見つめている。 (もしかして……?) 耕介も薫も、マーラーの曲に関して予備知識があるわけではない。 (それでも、薫には何か、感じるものがあるのかもしれない……それが何か、俺にはちょっと分からないけど) ここで居眠りしてしまうのは簡単なのだが、そうなると何か大事なものを見落としてしまうような、 何故だか変な気分になってしまった耕介は、 (こら、槙原耕介。薫がちゃんと曲聴いてるんだ、お前がへたってどうする?) 密かに自分自身を叱咤して、気合を入れ直した。  O Roschen rot!   「おお、紅いいばらよ!」 アルト歌手――シャルロッテ・ヴェングロールが、静かに歌い始めた。 第四楽章。「原光」あるいは「原初の光」と題され、アルトの独唱が入る。 「極めて荘厳に、しかし簡潔に」 という指示のなされたこの楽章は、前述の「子供の不思議な角笛」の中の曲のひとつを、そのまま転用したものである。 舞台の外に控えていたトランペット奏者が、厳かに間奏を挟み、ごく短い休止を置いてから、  Der Mensch liegt in grosster Not!   「人は、大きな苦難の中にいる!」  Der Mensch liegt in grosster Pein!   「人は、大きな苦痛の中にいる!」 と歌い上げ、更に、  Je lieber moecht' ich im Himmel sein!   「私は、むしろ天国にありたい!」 この歌詞を二度繰り返す。 緩やかな間奏が再び挟まれた後、再びアルト歌手は続ける。  Da kam ich auf einen breiten Weg.   「そこで、私は広い道に来た」  Da kam ein Engelein und wollt' mich abweisen.   「そこに一人の天使が来て、私は拒絶された」 短い間奏の後に、  Ach nein! Ich liess mich nicht abweisen.   「嫌だ! 私はさえぎらせなかった」 この歌詞を、今度はこれまでよりも強調する形で二度繰り返し続けるのだ。そして、  Ich bin von Gott und will wieder zu Gott!   「私は神より産まれ出て、再び神の御許に還るのだ!」  Der liebe Gott, Der liebe Gott wird mir ein Lichtchen geben,   「親愛なる神は、親愛なる神は、私に光を与えてくれるだろう」  Wird leuchten mir bis in das ewig selig Leben!   「それは、私が永遠の生命を得るまで照らしてくれるだろう!」 最後は祈りにも似た表情をもって、切々と歌い上げる。 マーラーは、この楽章について以下の説明をつけていた。 「素朴な信仰の、感動的な声が我々の耳に響く  ――私は神から来て、神の元に戻るだろう。神は、私にひとつの灯(ともしび)を与えてくれた。  永遠の人生の幸福にまで、私を照らしてくれる為に」 人間の生と死、存在そのものを問う第一楽章、幸福と純粋さを回顧する第二楽章、 混乱と絶望をむしろパロディーにしたような第三楽章を経て、ここでは死に対する思いと復活への望みが根底にたゆたっている、 そう言ってしまってもいいかもしれない。 あくまでも静かに、これまでとは全く異質の静けさで、第四楽章「原初の光」は締めくくられる。 ふと、耕介は感じた。 薫が、今わずかに身震いをしたような、そんな気がする。やはり何かが、薫の心に触れたのだろうか。 いよいよ、曲は最終楽章へ、第五楽章に入ろうとしていた。 その日の事 〜前編〜 了